家族と歩む、私のゴルフ人生
アメリカが教えてくれた「ゴルフと幸せの両立」
30歳の頃、私はゴルフと距離を置きかけていました。大きな目標を達成した後の空白感。試合をこなすだけの日々。「もう辞め時かもしれない」。そんな思いが頭をよぎることもありました。
転機となったのは、夫のひと言と、アメリカツアーへの挑戦でした。異国の地で見たのは、試合会場のホテルで家族と食事をする選手たちの姿でした。
託児所はホテルの一室にあり、シッター2人と先生1人がついていました。扉の前にはガードマンが立ち、30年以上の歴史がある仕組みです。母が選手、父がキャディーという家族が朝食をとる光景を見て、私の価値観は変わりました。
「競技と家庭は、選ぶものではなく、両立できるものだ」。その当たり前に、私は衝撃を受けました。あの日の原体験が、今の私の土台になっています。
アメリカで見た光景と、そこから何が変わったのかは、アメリカツアーで変わった、ゴルフと幸せの価値観に書いています。
家族と転戦する、それは最初から決めていたこと
アメリカで家族帯同の文化に触れたとき、「いつか自分にも家庭ができたら、家族一緒にツアーを回ろう」と心に決めていました。だから今、夫と息子とともに国内を転戦する日々は、私にとって「我慢の生活」ではなく、「選んだ生き方」です。
大変そうに見えるかもしれません。でも、この姿を見た方に「幸せそうだね」と感じてもらえたら、それだけでうれしい。遠征先で家族と過ごす時間が、次の一戦への力になっています。
続ける理由
正直に言えば、思うような成績が出ず、心が揺れる年もあります。予選落ちが続いたとき、「潮時かな」と弱気になったことも一度や二度ではありません。家族の支えあっての挑戦だからこそ、結果が出ないと「甘えてばかりではいけない」と自分を責めることもありました。
それでも歩みを止めないのは、このまま終わりたくないからです。納得できないまま辞めることは、支えてくれた家族にも、応援してくれる人たちにも、そして何より自分自身にも申し訳ない。私はアスリートです。だからこそ、結果で示したい。
年齢とともに変わる体と向き合い、今の自分に合ったスイングを探り直したことも、そのひとつです。「こうでなければ勝てない」という思い込みを捨てた先に、安定と飛距離が待っていました。進化は、何歳からでも始められる。私はそう信じています。
息子に伝えられるものがある
ある日、託児所の先生が「ママ、頑張ってるよ」と、息子を18番グリーンのそばに連れてきてくれました。その日、息子は言いました。「ぼくもプロゴルファーになりたい」。そのひと言は、私の競技人生で得た何よりの贈り物でした。
もちろん、息子自身がやりたいことを選ぶのが一番です。でも、もしゴルフを始める日が来たなら、私には伝えられることがあります。体格も骨格も十人十色。プロの中に同じスイングはひとつとしてなく、上達の鍵は「自分に合ったやり方をいかに早く見つけられるか」にあります。
そして子どもなら、飽きさせない環境をつくること。押し付けるのではなく、伸び伸びと楽しめる土台を整えてあげること。それが、ゴルフの世界で生きてきた母親としての役目だと思っています。
競技人生を通して、やりたいこと
私には、この競技人生で成し遂げたいことがあります。ひとつは、母としての優勝です。母になってから掲げるカップは、きっと重みが違う。家族と一緒にカップを掲げる姿を、いつか必ず。
そしてもうひとつは、日本のゴルフ界の環境づくりです。アメリカで学んだ「家族とともに戦える環境」を、日本でも広げたい。実際に国内ツアーにも託児所が整備され始めていますが、声を上げるには説得力が要る。だからこそ、まず結果を残す。優勝してから伝えた言葉のほうが、きっと届くはずです。
家族と歩み、結果を追求し、次の世代に環境を残す。それが、40歳を迎えた私の、これからのゴルフ人生です。


